校正のバイトをすることになった。雇い主は中年の男で、彼は経済関係の研究者だと言った(名刺を貰ったが、名前は忘れてしまった)。男は、私をじろじろみて「どうして私に対して畏敬の念を込めた接し方をしないんだ」という風なことを言う。私は面倒なおっさんだなと思いながらも、雇い主だし仕事が終わるまでの辛抱だと覚悟して、無理矢理男を尊敬している態度を取ろうとするが、男を小馬鹿にした表情だけはどうすることも出来ない。男はそれがかなり不満らしく、君は馬鹿だブスだと罵りながら、原稿の束を寄越す。そしてそれを明日まで原稿用紙二枚程度に要約して来いと言う。一通り原稿を読むが、専門用語だらけで何が何だかさっぱり分からない。しかし、明日まで要約が出来ずに、またあのおっさんのねちねちした小言を聞かされるのは嫌だ、と思い必死になって要約する。
 殆ど徹夜でどうにか要約し終わり、再び男の元へ行く。男も要約の出来に特に文句はなかったようで、その後はすんなりと校正の打ち合わせに入る。その新聞に掲載されるんだ、と男が私に見せたのは、緑色のスポーツ新聞だった。てっきり学会の会誌に載せるものだと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまった。そして、偉そうな割には大したことないなと思う。新聞には男が以前書いた文章が掲載されている。「外側の世界から内側の世界に働きかける場合、その要因はより一層個性的でなければならない」という下りが良く理解出来なかったので、図式にして整理する。その文章の最後は、長崎に落とされた原爆がどうのこうの、という締めで終わっていた。その後、トイレに立ち、洗面所の鏡を見ると、顔が酷くむくんでいる。こんな顔で来てしまったのかと、今更ながら恥ずかしくなる。