最近大人しかった顎関節症が再発し、口が開けづらくなる。その治療を受けに病院に行く。担当医は小川洋子さんで、彼女は今から簡単な手術をしますねと言う。処置室に連れて行かれ椅子に座ると、彼女は釣り糸と縫い針でもって稲の苗のような草を私の両こめかみに縫いつけていく。口を開けようとする度にずんと鈍い痛みを微かに感じる。鏡を見ると、両耳の後には青々とした草が茂っている。安部公房の『カンガルー・ノート』に似たような話があったな、と私は思う。
 そのまま家に帰ると、母に「そんな格好で帰って来るなんて、恥ずかしいからせめて帽子を被れ」と叱られる。丸で見世物のようだと言われ酷く傷付く。アイスクリームを食べたくなって、近くの駄菓子屋へ買物に行く。草が隠れるように帽子をしっかりと被ると、エスキモーのような格好になった。駄菓子屋のおばさんは怪訝そうに私を見る。アイスを買い家に帰る途中、伯父に会う。彼もまたこめかみに草を茂らせていたが、縫いつけ損ねた草が首筋に垂れている。「こんなものがなくったって、ちゃんと口は開くんだ」と伯父は言い、垂れた草を引き千切る。それを聞いて私もこめかみの草を一本抜いてみる。鈍い痛みと共に、血のついた草はいとも簡単に抜ける。その途端、私は何かから開放されたような清々しい気分になる。
何で小川さんなのか。図書館から借りっぱなしで読んでいない『ブラフマンの埋葬』が頭のどこかに引っかかっているためだろうか。